“From the start, her tone production was full and well-controlled… in an interpretation that achieved dramatic shape and well-calculated contrasts in sound and texture.
…exhibited a virtuoso flair and a willingness to make the music her own.
…demonstrated a keen sense of color and tonal subtlety.”
Stuart Isacoff: New York Concert Review, Fall 1994
“大森は、きわめてポジティブな思考とバイタリティーの持ち主なのだろう。果敢に音楽を表現しようという強い意欲が、演奏からも、そして舞台上の所作からもうかがえる。”
湯浅玲子:月刊「ショパン」2002年5月号より
“…独自性を発揮したユニークな演奏。ヒナステラはオスティナートリズムをエネルギッシュに推し進め、強美音をもって魅力を輝かせた。後半のオール・アメリカン音楽は、いずれも洗練のジャズセンスが身についての好演。特に「ラプソディー・イン・ブルー」が秀逸であった。”
壱岐邦雄:月刊「ムジカノーヴァ」2002年6月号より
“聴衆が一緒に楽しめるポイントは何かと問われれば、プレイヤーがどれほど曲に共感を抱き共鳴して演奏しているかをひとつにあげたいが、大森ひろみはまさにその、曲への共鳴が鍵盤から純粋に熱い熱気となって溢れ出してくるプレイヤーだ。パワフルで指の駆動性も抜群、作品に対する彼女の共鳴は確実に聴き手を震動させる。美貌でもあるし、多くの機会を捉え聴衆に幸福な時間を贈ってほしいピアニストだ。”
小倉多美子:月刊「ムジカノーヴァ」2005年1月号より
“アメリカ人作曲家のウィリアム・ボルコムの「ユービーズ・ラッキーデイ」は実に面白く楽しい音楽で、大森の本領発揮の感じがした。曲中のジャズ的な奏法も実にうまく、聴いている方もつい乗せられて、うきうきとする。次のコープランド作バーンスタイン編曲の「エル・サロン・メヒコ」での、アメリカ音楽独特の表現は見事だし、熱演でもあった。最後に彼女の流暢な英語が聞けたのも良かった。”
家永勝:月刊「ショパン」2005年1月号より
“アメリカで学んだ大森と、デジタル・ミュージックの世界でも活躍するマルチな才能を持つ佐藤のコラボレーションならではの秀演。”
伴玲児:月刊「ムジカノーヴァ」2012年8月号より
準推薦:大森ひろみは16歳で渡米ののち、さまざまな活動歴も主にアメリカで重ねたというピアニスト。現在、教育畑にも身を置く彼女が、弟子である若手ピアニスト佐藤祐介と組んでのデュオ・アルバムが、ここに聴く1枚である。題して「セレンディピティ」、この言葉は”僥倖“を意味するが、決して「たなぼた式」に訪れる幸せではなく、それを望む心構えを持った者にのみ与えられる”良き報い“を意味するらしい。ここに集められたレパートリーは十分にユニークなもので…私たちにとって初耳である楽曲が紹介されており、その意味だけからも、これは大いに刺激的なアルバムだと言える。連弾の演奏ぶりも、生き生きとしていて、ただちに聴き手をとらえるだけのものがある。
濱田慈郎:「レコード芸術」2019年11月号 Disc Reviewより
準推薦:大森・佐藤のデュオは、選曲のセンスからも特別な音楽世界を持っていることが伺える。こてこての現代曲ではなく、独自のユニークな音遣いながら感覚的でフィジカルな愉悦を伴い分かりやすい。研ぎ澄まされた感性で響きを整え、明晰さを目指すというよりは、よりダイナミックで勢いのある演奏を志向。
那須田務:「レコード芸術」2019年11月号 Disc Reviewより
注目版:タイトルは偶然巡り合った幸運という意味らしいが、このCDを聴くと、なるほどそうかと思えて感じ入った。クルタークの「花、人のように」の2つのバージョンが自然界の不思議を体感させるような魔法の音彩から何が始まるのかという期待が膨らむ。そしてローゼンブラット、マクダウェル、コリリアーノによる作品が並ぶのだが、これらは少しも難解ではなく、例えるなら人肌のごとく温もりの音楽が奏でられるのだ。さらに聴き進むとクルターク編曲による3曲のバッハ作品が現れ、深遠な世界に引き込まれる。ことにカンタータ「神の時は良き時」の一曲が筆者の心を捉えたが、全部の作品がひとつのサークルとなって、驚きと癒しをもたらしてくれる。
保述裕史:「音楽現代」2019年11月号 音現新譜評より
タウンニュース 横須賀版 2014年9月12日号より
20世紀初頭に活躍し、現在も親しまれる多くの曲を残した作曲家ジョージ・ガーシュウィン。この作曲家に焦点を当てた「オール・ガーシュウィン・リサイタル」が今月24日(日)さいか屋ホールで行われる。このコンサートを企画・演奏するのは市内湘南鷹取在住のピアニスト、大森ひろみさん。…(中略)…初めて行う地元横須賀でのコンサートに「育ったころは気付かなかったが、当たり前に海も山もある横須賀の良さを今感じている。不思議な異国情緒のあるこの街で、古き良きニューヨークの香りがする人間味あふれる音楽を届けたい」と話す。音楽の魅力を「音を媒体にいろんな時代のいろんな国に行けること」と表現する大森さん。ガーシュウィンが築いた一時代の音楽を、時空を超えて満喫できるコンサートとなりそうだ。
タウンニュース 横須賀版 2008年2月15日号「ARTのある美しい暮らし」より
“これまでは直感のみで生きてきたような私ですが、震災の頃からか、「自分の受け取ったバトンを次につなげている」感を強く持つようになりました。単に年取ったってこと?と言われればそれまでですが、そうなのであれば、年を取るってかなり楽しい! とは言いつつ、2013年もライフワークのアメリカ音楽や、室内楽、ピアノデュオなどを中心に、まだまだピアノ弾きます。「まわしをつけて土俵に立てる親方」でいることが、今の私の目標です(笑)。“
月刊「ショパン」2013年1月号 創刊30周年特別企画「ピアニストが語る2013年」より
“高校生の時から18年間アメリカに住み、大学入学時はジャーナリズムを専攻、ピアノは副科で勉強していました。ピアノの先生からの勧めもあり、大学2年でピアノ科に転科、本格的にピアノを学び始めたのはその頃からでした。他の人から遅れをとっているという強迫観念をモチベーションに、日々必死でした。
アメリカでは常に自分のアイデンティティーを意識していたせいか日本愛が強く、特にニューヨークでは研究会に入るほど落語にはまりました。落語と音楽には、実は共通点がたくさんあります。時代を経て現代まで生き続けていること、表現される時代や人によってスタイルを変えながら受け継がれていること、などです。また、同じ作品を噺家たちが自分の解釈を交えながら演じることは、演奏者や指揮者によって表現や解釈が変わる音楽とよく似ています。
アメリカでは、初心者から大学のピアノ科まで幅広く指導してきました。生徒たちの文化的背景、レベル、ニーズ、価値観は様々、その頃の経験から日本に帰国後も「個々に合わせてレッスンすること」を大事にしています。みんなが同じ山に同じルートから登る必要はありません。型にはめず決めつけず、生徒一人ひとりに向き合いたいと思っています。“
OUR MUSIC 340号 Summer 2018 「アドバイザーは手で語る」より
かたや、ジャーナリズムを志してアメリカ留学するも、恩師の勧めでピアノに転じ、米大陸を縦横無尽に駆け回った異色奏者、大森ひろみ。こなた、その弟子にして、11歳の遅いスタートながら瞬く間に頭角を現した天才奏者、佐藤祐介。二人のピアニストががっぷり四つに組んで挑む多彩なコラボから、どんな化学反応が起こるのか。
寺西肇:ぶらあぼ 2012年4月号「今月の注目公演」より
16歳で渡米して研鑽を積み、若くしてデビューを果たし帰国後も多方面で活躍を見せる大森ひろみと、14歳より本格的なレッスンを始めた型破りで、多種多様な音楽を境界線なく扱う感性で人気を集める佐藤祐介。師弟関係にあるピアニスト2人が4手連弾の名曲を鮮烈に紡いだ一枚。ハンガリーのクルタークが1973年から書き重ねている小品を始曲と終曲に据え、彼の編曲によるバッハの静謐なコラール3曲を核にして、ロシアのローゼンブラットや米国のコリリアーノ、英国のベネットらの現代曲を散りばめつつ、古典や民族音楽からジャズへと続く流れさえも語っている。
東端哲也:ぶらあぼ 2019年11月号 New Release Selectionより
1台のピアノを2人で弾く、連弾。4手をそろえて弾く姿は古き良き「家庭音楽」の趣。しかしそれは一面的な見方ではないか、と思わせる新譜が近年次々と登場している。…(中略)…
そう、1台のピアノを4手で使い切る連弾は高密度な表現力の宝庫だ。20世紀以降の連弾作品を主体とした大森ひろみ&佐藤祐介「セレンディピティ~ピアノ連弾作品集」(299Music)には、そこに高いエンターテインメント性も加わる。連弾に豊かな未来あれ。
矢沢孝樹:朝日新聞 2020年3月19日 夕刊 For Your Collectionより
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